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メッセージの編集 : 投稿 -> 「征韓論」を唱えた西郷隆盛
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はじめまして。 西郷隆盛について研究している者で稲垣秀哉と申します。 鹿児島県知事の要請は、郷土の英雄が征韓論者では対外的にイメージが悪いということで理解できるのですが、その背景には戦後の日本を覆う朝鮮半島に対する贖罪意識があるように思われます。 西郷隆盛が明治六年政変時に唱えた論についてですが、これを理解するには先ずこの贖罪意識をとっぱらって、当時の一次史料を丹念に読み込むことはもちろんですが、その上で哲人西郷の言動の背後にある思想を考察する必要があります。 詳しい考察は一昨年に上梓した拙著『(新)西郷南洲伝(上)』(高城書房)と今春出版予定の下巻をお読みいただきたいと思いますが、簡単に言えば、この件に関する西郷の言動は「孟子」によって敷衍しなければ理解できないのです。 実は遣韓大使論と征韓論は矛盾しません。むしろこの両論が彼の中でどのように位置づけられ、統合されていたかが問われなければならないのです。孔子は「政とは正なり」といいましたが、西郷の征韓論とは「正韓論」と記されるべきものなのです。即ち朝鮮の誤った態度を正すために、先ず自らを正しくする意味も込めて大使を派遣し、それで相手に非があれば武力を行使してでも正す。「孟子」もまた「征の言たる、正なり」と言っています。 そしてその先に見据えられていたのは明らかにロシアの南下でした。そしてそのことが西南戦争の勃発に大きく関わってくるのです。
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